ターラントへは、レッチェでバスか車に乗り換える事になる。ちょうど昼食時だったので、ターラントへ向かう前にレッチェで昼食を食べることにした。ランチはトラットリアでプーリア名物のオレッキエッテ(耳たぶ状のパスタ。ゴッドファーザーに出てくるもの)を食べ、とりあえず満足する。手打ちで生なので、やはりおいしい(涙)。危うく白ワインを飲みすぎるところだったが、昨日の二の舞になっては...と、ぐっとこらえて我慢する。
レッチェはスリなどが多いらしいなので本当に通りすぎただけだけど、スペイン人に支配されていた時代があったということらしく立派なバロック建築がたちならんでいた。ゆっくり散策してみても面白い町だったかもしれない。
ターラントはイタリアのはじっこにあるので、私はてっきりあるからエリチェやセリヌンテの様な秘境なのかなと思い込んでしまった。ローマ人がイタリアを支配してからもしばらくギリシャが支配していたり、ヨーロッパ大陸にはじめて猫が上陸したり(?)、何かありそうな街だなあと妙に強い期待を抱いていた。
レッチェからタクシーで向う事数十分、ターラントが近づくにつれ、何やら様子が違うなあということにだんだんと気づきだす。リゾートホテルの看板がひしめきあい(そしてそれと交互に何故かNISSANの看板)、家族づれやカップルで道が混み合いだす。そして到着直前では何と渋滞になってしまった。たどりついてみて分かったが、ターラントは日本でいう「熱海」の様なところだった。海のまわりに人、人、人。観光ホテルと社員旅行らしきバスたち。しかし、他の観光地と違うのが、どうやら外国人がほとんどいなくて、イタリア人だらけだということだった。イタリアの保養地みたいなものなのだろう。こんな事も旅にはつきものだよね...と自分を慰めながら、気をとりなおして散策する。ここを訪れた日本人はそう多くはないだろう。
古代ギリシャ殖民地時代につくられたというの「城」、市庁舎などをながめてまわった。
旧市街は、本当に古く、というかかなりボロボロで、それはそれで錆を感じて風情があった。しかし何といってもよいのは海がきれいなことだ。
海沿いのカフェでカプチーノを飲み、再びボンヤリとした。
ナミビア、南ア、ビクトリアフォールズ、ケニア、タンザニア、シチリア、南イタリア、インド西側縦断、オマーン、ヨルダンの個人旅行の記録を紹介しています(右サイドIndexから各旅の記録主要ページへリンクしています)。
2001年5月1日火曜日
南イタリア旅行記: モノポリ
システルニーノの散策はあっという間に終わってしまったので、駅に向かうことにした。プーリア州にきたからには、イタリアの踵部分、ターラントにいかなければいけないという気になっていた。単純だけど、はしっこには何か感動的な景色があるのではないかと思った。
はり切って切符売り場に行ってみると、何とその日はFestaだった。一年前、シチリアでも同じ失敗をしてしまったけれど、イタリアのFesta(休日)は極端に電車がなくなる。踵部へむかう下り電車は2時間待たなければいけないということだった(涙)。
気を取り直して地元のおばさん達と話をすると、逆方面に電車で少しだけいくとモノポリというかわいい街があるという。モノポリに行って一時間程散策すれば、ちょうどターラント方面の電車がくるのでモノポリに行ってみたらどうかという事だった。南イタリアの人たちは本当にあたたかい。地元の人が勧めるならと、モノポリに行ってみることにした。
「モノポリ」って何かアフリカ語みたいな響きだなと思いながら、モノポリの町へと降り立つ。漁師とビーチの街ということなので、とりあえず海へと向う。モノポリは何ていうか、日本でいうと湘南みたいな町だった。海岸の出店でで若者がたむろしたり、海沿いの道をバイクでブンブン走ったりしている。日本でいう「浜っこ」みたいなものなんだろうか?
もちろん海は日本とは比較にならない程美しい。うっすら向こうに見えるのがギリシャかクロアチアかなあ、いつか長い休みがとれたらあちら側にも行ってみたいなあ...。そんなことを考えながら、海辺でぼんやりと時間を過ごした。
ラベル:
南イタリア
場所:
イタリア バーリ モノポリ
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