2005年3月20日日曜日

アフリカ一ヶ月 - ヨハネスブルグ: ヨハネスブルグへ。

ヨハネスブルグの旅の記録のリンク一覧です。(一覧の下から一つ目の記録が始まります。)



 ここから↓↓ヨハネスブルグの旅の記録の始まりです^^。
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ナミビアの楽しい旅はあっという間に終わってしまい、次はヨハネスブルグへ向った。とても治安が悪いのでヨハネスを避けて通る旅行者も多いけれど、激動の地と言われているだけに一度見ておかなければならない気がした。
 
ヨハネスブルグでは「SOWETO」という、アパルトヘイト時代の黒人居住区でホームステイをする事になっていた。南アフリカには、かつて「集団地域法」で有色人種が住む地域として計画的につくられた「タウンシップ」という住宅地がある。このタウンシップの中でも最も有名なのがSOWETOで、ヨハネスブルグの南西部にあったため、South WesternTownshipの頭文字を取ってSOWETOと名づけられのたそうだアパルトヘイト崩壊後も全てが急に改善される訳ではないので、未だSOWETOに住んで厳しい暮らしをしている人が多い。この実態を世界各国の人々に伝えていくために、タウンシップ体験ツアーを受け入れているのだそうだ。旅行本には「SOWETOのツアーは観光化されすぎてしまってリアルな暮らしが見えづらい」というコメントも多い。今回は現地の人々と身近に接したかったので、一般的なSOWETOツアーでなく特別にホームステイをアレンジしていただく事になっていた。
 
ヨハネス空港にはこの駐在員の高達(コウダテ)さんが迎えに来てくださったので、早速車に乗って町へと向う。いよいよヨハネスに来てしまったんだなと緊張していると、高達さんがヨハネスブルグの歴史、アパルトヘイトの事などを語りだした。高達さんは旅行社の人というよりは、フリーのジャーナリストの様な感じの人だ。ヨハネスでの駐在暦は4年という事だけれど、もう何十年もいる様な感じで地域や人々の抱える問題、背景をよく知っている。そして、何より思い入れがある。特にSOWETOは第二の故郷みたいな存在の様で、何だか熱いものを感じてしまった。
 
SOWETOへの道中、ヨハネスブルグの旧白人居住区をドライブする。富裕層が多く住むという住宅街は、どれも豪華な住宅ばかりで、まるで香港やシンガポールの町並みの様だ



綺麗に手入れされたビューリンゲンの植木、優雅にテニスをする少女たち、道行く高級車...。ここが本当に「世界で最も危険な町」なのかなと疑ってしまうくらい穏やかな空間だった。



 
市街を行くと急に東洋人だらけの地域を通りかかる。どうやらヨハネスブルグにもチャイナタウンがある様だ。ヨハネスブルグには古くから中国人がたくさん移住してきていて、それなりに成功している人も多いのだそうだ。こんな所でもコミュニティを築くなんて、中国人はやはり強いなあと関心し
た。
 
<SOWETOでのホームステイをアレンジして頂いた旅行社>
道祖神

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